日々の暮らしの中で自由に楽しめるおりんを作り提案している、南條工房の次期7代目 南條和哉さんと妻の由希子さんにお話を伺いました。
【1】工芸の道を志したきっかけやご自身の背景、工房の歴史や成り立ちについて
創業から190年余りの歴史をもつ南條工房は、焼型鋳造による「佐波理(さはり)」製のおりんや、祇園祭のお囃子鉦(おはやしかね)などの鳴物神仏具を手作りで製造しています。
「高校卒業後は料理人を志していたので、実はこの仕事に出会ったのは偶然です。由希子さんの家業であった工房の見学でおりんを鋳造する様子を見て、炎が移り変わる表情やその場の熱気に圧倒され、『この仕事をやってみたい!』と単純に思ったのがきっかけです。実家には仏壇があり、おりんの音に耳馴染みがあったので、工房で聞いた音色の美しさに、こんなにも違うものかと衝撃を受けました」(和哉さん)
もともとものづくりや創造することが好きで、デスクワークよりは何か手仕事で納得できることがしたいと思っていた和哉さんは、そのまま工房でアルバイトをはじめます。一生の仕事にする覚悟ができたのは、いざ由希子さんと結婚することになった時だったのだとか。「伝統への気負いがなかったことは、おりんの新しい可能性を生み出すためにもよかったのかもしれない」と語ります。
住環境の変化もあり、昔に比べて仏壇や仏具に触れる機会が縮小するなか「もっと身近におりんの音色を楽しんでほしい」という思いから、2018年に新ブランド「LinNe」をスタートし、自由な用途で使えるおりんを開発し提案しています。
【2】自らの五感を刺激するために取り組んでいることや意識していること
京仏具の職人として修業をしていた当時は、一人前になるためにとにかく技術を高めることに集中し、使い手のことまでは気持ちが及ばなかったという和哉さんですが、今ではその意識が大きく変化したそうです。
「LinNeをはじめてから、おりんを使ってもらう人に話を聞く機会が増え、自分は仏具ではなく『音色を作る職人』なのだと気付くことができました。仏具という1つの世界に閉じこもらず、音楽家やアーティスト、ヨガの先生などとも接することで、おりんの新しい使い方に挑戦しながら、音色の可能性を広げています」(和哉さん)
沢山の人との出会いが、音色そのものにこだわる今の南條さんのものづくりへとつながっていったのです。
【3】作品制作で大切にしていることやこだわり、作品を通じて伝えたいことや叶えたいこと
一般的なおりんは真鍮製ですが、LinNeのおりんは、佐波理という青銅製です。銅に錫を多量に含ませた合金である佐波理は、古くは正倉院御物にも用いられ、澄んだ音色と響きの余韻が特徴です。
「錫の量を限界まで高めた配合比率は5代目が編み出した独自のもので、普通の鋳造技術では作れないため、薪を燃やして作る焼型鋳造法を用いています。手間ひまかけた加工方法にこだわるのは、目指す音色を生み出したいからです」(和哉さん)
南條工房が追求する独自の音色とはどのようなものなのでしょうか。
「『わんわんわん』と響くのではなく『リーン』と1つの音がまっすぐ伸びるように調節しています。音でおりんを選ぶ楽しさを知ってもらい、毎日気に入った音で癒されてほしいのです」(和哉さん)
由希子さんによると、仏具としてのおりんは、人が亡くなった時に必要になるものであり、故人
と向き合う時間を作るためのもの、と使用シーンが限定的で暗いイメージを持つ方が多いかもしれませんが、LinNeを通して“音”に着目してもらうことで、メディテーションや心を整えたいときなど、ポジティブな使われ方をすることが増えたのだそう。「ジャンルにとらわれない新しい音色を楽しんでほしい。そして、それをきっかけに、本来のおりんの魅力を感じてほしい」と南條さんご夫妻は語ります。
【4】伝統技術や文化の継承のために挑戦していることやこれから挑戦したいこと
和哉さんと由希子さんはこれから挑戦したいことが明確にあり、すでに取り組みをはじめているそうです。
「受け継いだ伝統技術と素材によって、音色を1つの周波数に調節できることが自分たちの強みなので、今後は音色をさらに究め、体に響きやすい音を突き詰めていきます。音の効果を検証し、気持ちを整える音楽療法や瞑想などにも使えるおりん作りに挑戦していきます」(和哉さん)
南條工房は、鳴物神仏具の専門工房から、音色を届ける工房LinNeへと、時代とともに変化を遂げていきます。