彫りの繊細な表情と土の質感が味わい深い器づくりを続けている、正陶苑 祐山窯の正村祐也さんにお話を伺いました。
【1】工芸の道を志したきっかけやご自身の背景、工房の歴史や成り立ちについて
岐阜県土岐市にある正陶苑は、美濃焼の窯元です。その2代目である正村祐也さんは、初代である父の寛治さんとともに、土の素材感を活かした器づくりを続けています。
窯元に勤めていた寛治さんが独立し、自身の窯元である正陶苑を開業したのは平成9年のこと。器づくりに人一倍こだわりを持つ父の影響があって、祐也さんも窯業の道に進んだといいます。
「高校卒業後は多治見工業専攻科で窯業の基礎を学び、その後約20年両親とともに器づくりをしています。通常は商社様からの依頼を中心とした生産をしていますが、約5年前から自身のオリジナルの器を作り始め『祐山窯』としても活動しながら、各地のクラフトイベントや陶器祭りなどに出展しています」
自分たちの手から直接ユーザーへと販売する機会が増えたことで、今のライフスタイルやニーズに合わせ、自分が『作りたい器』だけでなく、人が『使いたくなる器』を提案できるようになったのだそうです。
【2】自らの五感を刺激するために取り組んでいることや意識していること
正村さんの作品づくりへの意欲は、各地のクラフトイベントで出会うお客様からのリアクションによって沸き起こるのだといいます。
「通常の業務の合間に、様々なデザインや形状の器を作り、自身で各地のクラフトイベントに出展を始めました。これまではなかった、直接お使いになるお客様と触れ合う機会を持つことができ『こんな器が欲しかった』『美濃焼のイメージが変わった』『素敵だね』と言ってくださる声や『もう少し大きいサイズが欲しい』『こんな形は出来ますか』といったやりとりを、次の作品作りの参考にしています」
長時間に及ぶ手作業を惜しまず、細部までこだわった器が誕生するのは、正村さんの使う人の気持ちや生活に寄り添いたい、という思いがあってこそなのです。
【3】作品制作で大切にしていることやこだわり、作品を通じて伝えたいことや叶えたいこと
正村さんは、土の風合いを最大限に引き出すため、伝統的な『鎬(しのぎ)』の装飾を施す技法を主に作品作りをしています。鎬とは、ろくろ成型した陶土が乾燥する前に、ヘラやカンナなどの道具を使って、素地の表面を削り紋様を描く技法です。代表作の1つである『ロリエ』のリムプレートのシリーズは、器のリムに施された鎬による月桂樹の葉の連なりが、1つ1つ微妙に異なる土のニュアンスを引き立たせ、そのぬくもりを伝えています。
「土の違いや乾き具合によって刃の入れ方と力加減を調整しながら、丁寧に彫りを施します。土の質感や温かみ、鎬のゆらぎと繊細さは、手仕事でしか出せない表情があります。何十枚も装飾するのには時間がかかりますが、手間を惜しまないうつわ作りが私たちの誇りです」
美濃焼の伝統的な技法を生かしつつも、土もならではの優しいフォルムや肌触り、土と釉薬の様々な組み合わせによって生まれる器の多彩な表情に「『どんな料理を盛り付けようかな』とわくわくしていただける器を目指しています」と正村さんは語ります。
【4】伝統技術や文化の継承のために挑戦していることやこれから挑戦したいこと
祐山窯がある岐阜県の東農地方は美濃焼の産地であり、器づくりに必要な土や釉薬などの資源が豊富な日本最大の焼き物生産地です。美濃焼は大きな工場での大量生産も盛んであるため、価格が安いイメージを持たれることもあるそうですが、こだわりをもった窯元が多く、伝統技術を活かした焼きものづくりをしているといいます。
「私の窯元ではほとんどの工程を手作業で行っているため、1度に沢山の製造はできませんが、1つ1つ手わざをかけ、土味にこだわった器作りをしています。東農地方は土屋、釉薬屋、型屋、生地屋、絵付け屋など器づくりの職人が集まる土地でもあります。このスペシャリストたちと一緒に、美濃焼の魅力を発信できればと日々作陶しています」
正村さんの器には、器を使う人たちへの思いやりと、産地を守り手仕事のよさを伝えたいというひたむきな思いが込められています。